ブッダの言葉 ( スッタ・ニパータ ) 8

                              ブッダの言葉 ( スッタ・ニパータ ) 8 
 
 
 
執著によって生存が起こる。 生存せる者は苦しみを受ける。
生まれた者は死ぬ。 これが苦しみの起こる原因である。
 
それ故に 諸々の賢者は、執著が消滅するが故に、正しく知って、
生まれの消滅したことを熟知して、再び迷いの生存にもどる事がない。
 
凡夫は欲望と むさぼりとに執著しているが、まなこある人は それを
捨てて道を歩め。 この世の地獄を超えよ。
 
生存に対する妄執を断ち、心の静まった修行者は、生をくり返す輪廻を
超える。 かれは もはや生存を受けることがない。
 
物質的領域に生まれる諸々の生存者と 非物質的領域に住む諸々の
生存者とは、消滅を知らないので、再びこの世の生存に戻ってくる。
 
しかし 物質的領域を熟知し、非物質的領域に安住し、消滅において
解脱する人々は、死を捨て去ったのである。
 
かれらは欲望を貪り、熱中し、溺れて、吝嗇(けち)で、不正になずんで
いるが、死時には苦しみに おそわれて悲嘆する、。
ーー 「 ここで死んでから、われらは どうなるのだろうか  」  と。
 
だから 人はここにおいて学ぶべきである。 世間で 「 不正 」 であると
知られている どんな事であろうとも、それの為に不正を行っては
ならない。 「 ひとの命は短いものだ 」 と賢者たちは説いているのだ。
 
想いを知りつくして、激流を渡れ。 聖者は、所有したいという執著に
汚されることなく、煩悩の矢を抜き去って、つとめ励んで行い、この世
をも かの世をも望まない。
 
欲に引かれ、好みにとらわれている人は、どうして自分の偏見を超える
ことができるだろうか。 かれは、自ら完全であると思いなしている。
かれは 知るにまかせて語るであろう。
 
真のバラモンは、煩悩の範囲をのり超えている。 かれが 何ものかを
知り あるいは見ても、執著することがない。 かれは欲を貪ることなく、
また離欲を貪る事もない。 かれは、この世では これが最上のもので
ある。 と 固執することもない。
 
かれは この世において、見たこと、学んだこと、あるいは思索した事に
関して、微塵ほどの妄想をも かまえていない。 いかなる偏見をも
執することのない そのバラモンを、この世において どうして妄想分別
させることができるであろうか ?
 
かれらは、妄想分別をなすことなく、いずれか一つの偏見を特に
重んずるということもない。 かれらは、諸々の教義のいずれかをも
受け入れることもない。 バラモンは戒律や道徳によって導かれる
こともない。 このような人は、彼岸に達して、もはや帰ってこない。
 
遠ざかり退いて行ずる修行者は、独り離れた座所に親しみ近づく。
迷いの生存の領域の内に自己を現わさないのが、かれにふさわしい
ことであるといわれる。
 
諸々の欲望を顧慮することのない人、 ーー 彼こそ 平安なる者である。
と わたくしは説く。 かれには結び目は存在しない。 
かれは すでに執著を渡り終えた。
 
かれは世間において、わがものという所有がない。 又、無所有を嘆く
こともない。 かれは欲望に促されて、諸々の事物におもむく事もない。
かれは 実に ( 平安なる者 ) と呼ばれる。
 
真のバラモンは、他人に導かれるということがない。 また諸々の事柄
について 断定して固執する事もない。 それ故に、諸々の論争を超越
している。 他の教えを最も優れたものだと見なす事もないからである。
 
過去の汚れを捨てて、新しい汚れを作ることなく、欲におもむかず、
執著して論ずる事もない。 賢者は諸々の偏見を離脱して、世の中に
汚されることなく、自分を責めることもない。
 
海洋の奥深い所では波が起らないで、静止しているように、静止して
不動であれ。 修行者は何ものについても 欲念をもり上らせては
ならない。
 
聖者は誠実であれ。 傲慢でなく、いつわりなく、悪口を言わず、
怒ることなく、よこしまな 貪り(むさぼり)と ものおしみとを超えよ。
 
世間における諸々の欲望を超え、また克服しがたい執著を超えた人は、
流されず、束縛されず、悲しむことなく、思いこがれる事もない。
 
動揺して煩悩に悩まされることなく、叡智ある人にとっては、いかなる
作為も存在しない。 かれは あくせくした営みから離れて、至る所に
安穏を見る。
 
つねに よく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界を空なり
と観ぜよ。 そうすれば 死を乗り超えることができるであろう。
このように世界を観ずる人を、死の王は見ることがない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                           ・

ブッダの言葉 ( スッタ・ニパータ) 7

         ブッダの言葉 ( スッタ・ニパータ )  7

 
 
 
蛇の毒が身体のすみずみに広がるのを 薬で制するように、
怒りが起こったのを制する修行者は、この世とかの世とを共に捨て去る。
ーー 蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。
 
内に怒ることなく、世の栄枯盛衰を超越した修行者は、この世とかの世
とを ともに捨て去る。 ーー 蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなもの
である。
 
実に欲望は色とりどりで甘美であり、心に楽しく、種々のかたちで、
心を攪乱する。 欲望の対象にはこの患 ( うれ ) いのあることを見て、
犀 ( サイ ) の角 ( つの ) のように ただ独り歩め。
 
ふして見、とめどなく うろつくことなく、諸々の感官を防いで守り、心を
護り慎み、煩悩の流れ出ることなく、煩悩の火に焼かれることもなく、
犀の角のように ただ独り歩め。
 
慈しみと 平静と あわれみと 解脱と 喜びとを 時に応じて修め、世間
すべてに背 ( そむ ) くことなく、犀の角のように ただ独り歩め。
 
栄える人を識別することは易 ( やす ) く、破滅を識別することも易い。
理法を愛する人は栄え、理法を嫌う人は敗 ( やぶ ) れる。
 
おのが妻に満足せず、遊女に交わり、他人の妻に交わる、
ーー これは破滅への門である。
 
己は財豊かであるのに、年老いて衰えた母や父を養わない人、
ーー かれを賤しい人であると知れ。
 
生まれによって賤しい人となるのではない。 生まれによってバラモン
なるのではない。 行為によって賤しい人ともなり、行為によって
バラモンともなる。
 
究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達して なすべきことは、
次のとおりである。 能力あり、直く、正しく、ことばやさしく、柔和で、
思い上がることのない者であらねばならぬ。
 
あたかも、母が己が独り子を命を賭けても護るように、そのように一切の
生きとし生けるものどもに対しても、無量の慈しみのこころを起こすべし。
 
愛欲の想いを離れ、一切の束縛を超え、歓楽による生存を 
滅ぼしつくした人 ーー かれは深海のうちに沈むことがない。
 
ひとは信仰によって激流を渡り、精励によって海を渡る。 
勤勉によって苦しみを超え、知恵によって全く清らかとなる。
 
あらゆる執著の場所を知りおわって、そのいずれをも欲することなく、
むさぼりを離れ、欲のない聖者は、作為によって求めることがない。
かれは 彼岸に達しているからである。
 
われら、ここに集まった諸々の生きものは、地上のものでも、空中のもの
でも、神々と 人間とのつかえる このように目ざめた人を礼拝しよう。
幸せであれ。
 
遠ざかり離れる味と 平安となる味とを味わって、法の喜びを味わって
いる人は、苦悩を離れ、悪を離れている。
 
父母につかえること、妻子を愛し護ること、仕事に秩序あり混乱せぬこと、
ーー これが こよなき幸せである。
 
修養と、清らかな行いと、聖なる真理を見ること、安らぎを体得すること、
ーー これが こよなき幸せである。
 
神霊よ、聞け。 それらの煩悩が いかなる原因にもとづいて起こるかを
知る人々は、煩悩を除き去る。 かれらは、渡りがたく、いまだかつて
渡った人のいない この激流を渡り、もはや再び生存を受ける事がない。
 
怠りは塵垢である。 怠りに従って塵垢がつもる。 つとめはげむことに
よって、また明知によって、自分にささった矢を抜け。
 
煩悩の汚れはすでに尽き、高慢を断ち、あらゆる むさぼりの路を超え、
みずから制し、安らぎに帰し、こころが安立しているならば、かれは
正しく世の中を遍歴するであろう。
 
貪欲を離れ、諸々の感官を静かに保ち、月がラーフの捕われから脱した
ように捕われることのない人々 ーー そのような人々にこそ 適当な時に
供物をささげよ。 
ーー バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。
 
偽りもなく、慢心もなく、どんよくを離れ、わがものとして執することなく、
欲望をもたぬ人々がいる。 ーー そのような人々にこそ 適当な時に
供物をささげよ。 
ーー バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。
 
あらゆることがらに関して平静であり、こころを落ち着け、全世界の内で
何ものをも そこなう事なく、流れをわたり、濁りなく、情欲のたかまり増す
ことのない道の人、 ーー かれは ( 温和な人 ) である。
 
世間のうちにあって いかなる罪悪をもつくらず、一切の結び目・束縛を
捨て去り、いかなる事にも とらわれる事なく解脱している人、
ーー このような人は まさにその故に ( 竜 ) と呼ばれる。
 
この世で 一切の罪悪を離れ、地獄の責め苦を超えて 努め励む者、
精励する賢者、 
ーー そのような人が ( 勤め励む者 ) と呼ばれるのである。
 
すでに この世において自己の苦しみの滅びたことを知り、重荷をおろし、
とらわれのない人、 ーー かれを わたくしは ( バラモン ) と呼ぶ。
 
敵意ある者どもの間にあって敵意無なく、暴力を用いる者どもの間に
あって心おだやかに、執著する者どもの間にあって 執著しない人、
ーー かれを わたくしは ( バラモン ) と呼ぶ。
 
曇りのない月のように、清く、澄み、濁りがなく、歓楽の生活の尽きた人、
ーー かれを わたくしは ( バラモン ) と呼ぶ。
 
 
 
 
 
 

アーナンダ - ( 2 )

                                           アーナンダ - ( 2 )
 
 
 
ーー 今を去る 約2500年前、インド地域は 戦国時代の乱世だった。
北西からは バラモン教を信奉する白人達が、 モンゴル地方からは
リッチャビ族が、 又、中央アジアからは シャーカ族 等々、色々な民族が
原住民だった ドラヴィダ族を侵略しながら それぞれの国を作り、国家間の
戦闘が絶えない時代であったと言われている。
   
世間一般には、 「 快楽を追及するのも 人生の目的である。」、とする
快楽主義が常識とされ、 恥も外聞もない 快楽主義が正々堂々と横行
していた。  今でも カーマスートラ という性愛の教科書が残されている。
  
思想面では、多くの思想家が輩出して それぞれの弟子を引き連れて
論争し合い、戦乱と論争の嵐であった。 
戦争や 快楽主義に嫌気がさした人々は 出家して、行者となり、ヨーガ、
苦行者など 修行を重ねて 崇高な境地を人生の目的としていた。
 
宗教面では、バラモン教ジャイナ教、アージーヴァカ教など多くの宗教
があり、ジャイナ教、アージーヴァカ教の人々は、 「 我ら聖者には 何も
覆い隠すべきものはない。」、として フンドシも身につけず 一年中真っ裸
で暮らしていた。 今でも南インドには2000人ほどのジャイナ教の修行者
がいて、 どこでも 真っ裸で歩きまわっている。
 
又、生まれによる 不当な階級差別による苦しみがあり、階級が違えば
結婚もできなかったのである。
司祭階級、武士、平民、奴隷階級、 さらにその下には 賤民階級があり、
この 賤民階級への差別は、 特に過酷をきわめた。
 
生まれによる階級が違う男女が恋仲になった場合は、「 あの世で一緒に
なろう。」、と 心中したり 夜中に 二人で家を逃げ出したのだった。
  
出家修行者となれば 男ばかりだった。  まさしく 男だけの世界である。
女性にとっては ジャイナ教などの裸は無理だし、虎やライオン毒蛇などは
どこにでもいる。  山賊や盗賊もたくさんいて、治安は最悪である。
出家修行は 野宿だから 快楽主義当然の世界にあっては身を狙われる。

ーー そんな中、ブッダが初めて女性修行者 ( 尼さん ) を迎え入れた。
それには こんな訳があった。
  
ブッダと その弟子一行が、ブッダ故国の シャーカ国で説法したあと、再び
旅に出かけた時のこと、ブッダの育ての親である 叔母の マハーパジャー
パティが、侍女たちと共に ブッダを追って来たのだった。
 
ブッダの説法に感動し 自分達も 出家修行がしたいと思っての事だった。
やっと ブッダ一行に追いついた彼女達は、ブッダの弟子として出家を
願いでた。  
 
しかし ブッダは、( 女性は在家のままで 修行するのが望ましいし、さらに
野宿はむずかしい )、と 彼女たちの再三の願い出を ことわった。
ブッダの侍者 ( 秘書役 ) の アーナンダは 誰よりも 心のやさしい弟子で
あった。
 
その アーナンダが 彼女たちの様子を見に行くと、 彼女達は皆 うち崩れ、
抱き合って泣いていた。 女の足で追って来たせいで、宮殿にいた時とは
ちがい、衣服は泥に汚れ 見るも無残なありさまであった。
 
今まで 一度として ブッダに逆らった事のない 誠実なアーナンダだったが
この時ばかりは たえきれず、ブッダのもとに行って、「 どうか、マハーパジ
ャパティ様を 弟子として お受け入れ下さい。 あなたを育てた叔母様では
ありませんか。」、と言って、この時ばかりは ブッダに逆らった。
 
ブッダが アーナンダに その訳を理解させようとして、理由を説いても、
アーナンダは さらに言った。 
 「 それでは、女性が悟りを得ることは できないのですか ? !!。」
 「 そうではない。」、 
 「 それならば、どうか マハーパジャパティー様 たちを 出家修行者として    お受け入れ下さい。 私からも お願いします。」、
このように、アーナンダは 再三して その願いをひるがえす事はなかった。
  
ーー  ついに ブッダは おれた。  その願い出を認めたのである。
  ちなみに アーナンダが、ブッダに逆らったのは この場面だけである。
 
こうして、後年 史上最初の世界宗教となった 仏教に、初めて 女性修行者
のグループが 誕生したのだった。
マハーパジャーパティー尼は、この後 修行を楽しんで やがて アラハンと
いう 聖者となり、多くの女性出家修行者を迎え入れて たくさんの女性弟子を指導したという。
 
ーー 女性 出家修行者の成り立ちは このようであった。
 
この出来事は、聖者アーナンダの やさしさと 心の強さであった事を、
忘れることはできない ・・・・・
 
 
 
 

行基菩薩

                                              行基菩薩
 
 
 
平安時代の日本には、何と、( 仏教を民衆に 教えてはならない。)、という
今では信じがたい 国法があった。
 
彼ら支配層、天皇、貴族、豪族、奈良仏教の 堕落僧侶達は 民衆から
税を取り立てて、のうのうと暮らしているにもかかわらず、民衆が知恵を
つける事を、極度に恐れた。  
 
権力者が、寺院 仏閣 仏像を建造しても、民衆は そこに立ち入る事さえ
許されなかったのである。 
これは あきらかに、( 人は生まれながらにして平等である。)、という
ブッダの教えに逆らうものであった。
 
そんな中、当時、この事態に腹を立てた 気の強い 一人の僧侶がいた。 
彼の名前を 行基、( ぎょうき )、という。
 
行基三十七歳の時、ついに彼は奈良の仏教僧団を見限って、ただ一人で
国法を破り、近畿一円にて 民衆に 仏教を教え始めたのである。
行基の行く先の村々では、その噂を聞きつけた民衆が集まり、その
人数は時として 数千人に及んだという。 
 
行基は 集まった民衆に説法しながら、弟子 ( 私度僧 )、を作り、付き従う
人々と共に 説法の旅を続けた。  そして その地の農民 商人 武士など、
民衆の願いを受け入れて、布施所 ( 行き倒れの人を救う施設 )、ため池、
橋、寺 仏像、温泉療養所、堀、道場、治水工事、 などの社会事業を
次々と行いながら 仏教を民衆に伝えていった。
 
農民が、「 ここの田んぼには 水がとぼしいのです。」、と訴えれば 行基
「 よし、ここに ため池を作ろう。」、と声をかける。
すると それに応じて、多くの人々 技術者が すぐさま喜んで 行基のもとに
材料や道具を持って集まり、あっという間に 土木工事は完成したという。
 
行基は 好奇心の強い僧だったらしい。 ある日の事、行基一行が旅をして
いると、山の上に 煙のようなものが見えたので、「 あれは何だろう ・・・」、
と 皆で山に登って行ったところ、そこに温泉が湧いていた。
「 これは良い。 人々が 農作業に疲れた時に 療養できるではないか。」、
という事で、その場に温泉施設が作られた。
 
このように 行基の呼びかけによって作られた諸々の施設の数は多く、計り知れない。
 
しかし当然、この事態は 朝廷と 奈良仏教僧団の知るところとなった。
仏教を民衆に説く事は、当時 重罪である。 「 あいつ、何という事を !! 」、
驚いた朝廷は、行基を捕縛しようと、すぐさま軍隊を差し向けた。
 
しかし この情報は すぐに民衆に知れ渡り、行基を守る為に圧倒的多数の 農民、武士たちが 竹槍などの武器を持って 結集したのであった。
又、行基は 気が強いだけあって、怒ったら その剣幕は凄かったらしい。
 
結局、追手の兵隊達は 行基に怒鳴られて 腰を抜かし、「 帰れ ! 帰れ ! 」
という 民衆の声に見送られて、逃げ帰っていくという ありさまとなった。
しかし 朝廷はそれに懲りず、何度となく 軍隊を送ったが、むだであった。
 
しかし 奈良仏教僧団は、くやしくてしかたがない。 役人を使って近畿一円
に、「 行基という 小僧の説法は、決して聞いてはならない ! 」、という 立札
を立てさせたが、これ又 むだに終わった。  
ーー 民衆のほとんどは 字が 読めなかったからである。
しかし たまに、字を読める庄屋や武士が これを読むと、人々は すぐさま
立札を抜いて 捨て去った。
 
度重なる弾圧も むだに終わり、ついに朝廷側も 「 もうあいつはほっとけ 」
という事になり、行基と その一行は 仏教を 民衆に説き広め、それぞれの地で、民衆の願いを聞いては 土木工事や寺を作り、旅を続けたのだった。
 
ちなみに、後年 奈良の大仏ができたのも 行基の力であった。
今では、近鉄奈良駅前と、兵庫県昆陽池公園に、行基の肖像がある。
 
                                             
 
 
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六波羅蜜

                                                                                                                                                                                                              六波羅蜜
 
 
 
       布施 ( ほどこす )
 
人のために惜しみなく何か善いことをする。 善行には有形と無形のものが
あります。
有形のものを財施といいます。 お金や品物などを施す場合です。
無形のものは、
       知識や教えなどの法施
       明るく優しい顔で接する眼施・顔施
       温かい言葉をかける言施
       恐怖心を取り除き穏やかな心を与える無畏施
       何かをお手伝いする身施
       善い行いをほめる心施
       場所を提供する座施・舎施、などがあります。
 
施しは、施す者、施しを受ける者、施すもの、すべてが清らかでなければ
いけません。
欲張りのない心での行いを施しといいます。
あえて善行として行うとか、返礼を期待してはいけません。
また受ける側もそれ以上を望んだり、くり返されることを期待してはいけません。
 
 
       持戒 ( つつしむ )
 
本分を忘れずにルールを守った生き方で、人間らしく生活することです。
自分勝手に生きるのではなく、互いに相手のことを考えながら、仲良く
ゆずりあっていく生活です。
 
 
       忍辱 ( しのぶ )
 
悲しいことや辛いことがあっても、落ち込まないで頑張ることです。
物事の本質をしっかりとおさえて、時には犠牲的精神を持って困難に耐える
ことです。
 
 
       精進 (はげむ )
 
まずは最善をつくして努力すること。 良い結果が得られても、それにおごらず、
さらに向上心を持って継続することです。
 
 
       禅定 ( 心身を静める )
 
心を落ち着けて動揺しないこと。 どんな場面でも心を平静に保ち、
雰囲気に流されないことです。
 
 
       智慧 ( まなぶ )
 
真理を見きわめ、真実の認識力を得ること。
人は誰でも生まれながらにして仏様と同様の心を持っています。
欲望が強くなると、単なる知識だけで物事を考えるようになります。
知識ではなく智慧の心を以て考えることです。
 
 
 
 
 
 
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ブッダの受難

                
                                                               
                                                          ブッダの受難
 
 
 
今を去る2500年前、現在のインド地方は、戦国時代であり、又、「 快楽を追及する
 
のも 人生の目的である。」、という伝統的快楽主義があった。 人々は、いつか必ず
 
ブッダと呼ばれる聖者が この世に現れるという希望をもっていたのである。
 
そんな中、ゴータマ ( ブッダの姓 ) というまだ若い修行者が悟りを開き、全く新しい
 
教えを説き始めたのだった。
 
古代階級社会では、諸々の差別が定着していた。 差別によって社会は構成されて
 
いたのだった。 しかしブッダは、あらゆる差別を全面否定したのである。
 
しかも、ブッダは 国王は武力によって税金を搾り取るから 盗賊と同じであるとまで
 
説いていた。 戦争による殺人を悪とし、極端な快楽主義を不浄であると宣言した。
 
侵略軍が通る道に、ただ一人で座り込んだ事も何度かあった。 先頭を行く将軍は
 
進軍を止め、国王が乗っている象軍の所まで馬に乗って走り、象に乗っている
 
国王に、「 ブッダが道に座っておられます。」、と報告した。 国王は象からおりて
 
ブッダのもとに行って礼拝し、「 あなたはいつも涼しい森で瞑想しておられるのに、
 
なぜこんな暑い所に座っておられるのですか ? 」、と聞いたところ、ブッダは、
 
「 親族の住む林はすずしい 」、とだけ返答した と仏典には伝えられている。 
 
国王はブッダの意を理解して、軍を引き上げさせたという。
 
多くの人々は、「 この世にブッダが現れた 」、と驚き その噂は広まっていった。
 
そして多くの国王や富豪から、賤民に至るまで、ブッダに帰依していき、国王や
 
富豪が次々と精舎を寄進していった。
 
 
そうなると面白くないのは、悪人や既存の宗教団体や、弟子を取られた思想家達
 
である。 なぜ ブッダだけに人望が集まるのか、という怨嗟に、ついにブッダ
 
殺してしまおうという事になった。
 
ブッダとその弟子達が托鉢のために入城した時、凶象をけしかけてブッダのもとに
 
走らせた悪人がいた。 しかし凶象は ブッダの前まで来た瞬間、おとなしくなったと
 
仏典には記録されている。
 
又、ブッダの通る道に、上から大岩を落とされた事もあった。 この時、岩はブッダ
 
の足を傷つけたのだった。
 
富豪ミガーラに招待されて、法を説いた時には、ジャイナ教の人間たちに、「 汝が
 
ブッダの教えを聞くというのなら、カーテンをひいて聞くが良い 」、と言って家をとり
 
まいた。 
 
当代一の忍者は、ブッダと神通力の勝負をしてあっさり負け、そのままブッダ
 
弟子になった。
 
ついに、殺し屋を頼んでブッダを殺害しようという計画が出たのだった。 そして
 
それを実行したのである。
 
しかし、調べさせてみると殺し屋はブッダの弟子になって修行しているという事が
 
わかった。 
 
そうなると、殺し屋一人で行かせてもだめだろうと思った悪人は、ある夜、
 
六人の凶悪な殺し屋をやとい、二人一組でブッダを殺害しに行かせたのである。
 
だが、いくら待っても殺し屋二人は帰って来ない。
 
「 又失敗したか ! 」、とがっかりした悪人は、次の二人に、「 お前たちは必ず殺す
 
のだ ! 」、と命令して、二人を殺しに行かせたのだった。
 
しかし又しても期待していた二人の殺し屋は、待っても待っても帰って来ない。
 
「 又、弟子にされたのか ・・・ 」、という事で、頭にきて 最後の殺し屋二人に
 
「 失敗したら、どうなるかわかっているだろうな。」。 と脅迫し、ブッダを殺しに
 
行かせた。 この時、殺し屋が通る道に ブッダが座っていて、「 やあ、よく来たね 」
 
と声をかけられたという。 結局この時の暗殺計画は いつものように失敗に終わり、
 
六人の殺害を請け負った男たちは ブッダの弟子として楽しく修行に励んだという。
 
 
当時、ブッダは ( 何ものをも恐れない人 )、と人々から賞讃されていた。
 
 
ブッダの言葉、( 修行者達よ、わたしは世間と争わず。されど世間が私と争う )

 

 
                                             ーー これらは、原始仏典に残る史実である。
 
 
 
 
 
 
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